モヤモヤの日々

第136回 ワクチン接種1回目

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

昨日は新型コロナウイルスのワクチン接種(ファイザー社製用)を受けた。1回目の接種である。7月11日(日)19時10分は、僕がLINEで予約をした時点では最速で接種できる日時だった。「日曜の夜なのかあ」と理由もなく不満に思っていたけど、なるべく早く受けたほうがいいだろうし、昨日は夕方まで雷鳴が響いていたので、結果的に夜の時間帯で助かった。

接種会場に持っていくものは、接種券と本人確認書類と予診票。本人確認書類は、僕は運転免許証を持っていないから、パスポートと、念のため健康保険証も持参した。予診票は事前に内容を記入しておく必要がある。体温を直前に測り、36度2分と書いて会場に向かった。

区から送られてきた「ご案内」には、3密(密閉空間、密集場所、密接場面)を避けるため、予約した時間帯に来場するように書かれていた。「つまり早く行き過ぎても迷惑がかかるのかな?」と思い、10分前に家を出た。会場は徒歩3、4分ほどの近場なのだ。しかし、なぜか会場のある建物を通り過ぎ、隣の建物に行ってしまった(ふたつはとても似ている)。間違いに気がついて慌てて戻ったのだが、幸いにも時間には間に合いそうだった。会場は建物の9階なので、エレベーターのボタンを押した。

その建物の構造上、僕の家から行くと2階からエレベータに乗ることになる。1階から乗ってきた先客が3人いた。僕は扉の手前に立ち、9階まで上昇していくのを待った。「あ、これは3人が先にエレベーターに乗っていたのに、僕のほうが早く降りて会場の受付に到着してしまうパターンだな」と、あるあるのモヤモヤを感知した僕は、扉が開いた瞬間に「お先にどうぞ」と3人にジェスチャーで示した。3人は軽く会釈してエレベーターを降りた。

検温を済まし、受付に書類を提出した。接種券がすぐに出てこず、カバンの中をガサゴソと探した。こういうことのないように、必要な書類はクリアファイルに入れて持参することをお勧めしたい(僕に言われたくないと思うが)。しかし、あれだけ「事前に記入を」と書かれてあった予診票を、その場で記入している人がいて、「僕以上におっちょこちょいがいるんだな」と安心した。僕の受付番号は「31番」。NBAのインディアナ・ペイサーズで活躍した伝説的な3ポイントシューター、レジー・ミラーの背番号と同じである。緊張していたのか、そういうちょっとしたことが慰めになった。

ペーサーズの永久欠番の番号が呼ばれ、予診室に入った。僕はアレルギー体質なので、担当医師に念入りに説明した。結果、問題ないと判断され、いよいよ接種室へ。部屋にはパイプ椅子があって、そのまま座ると左腕に打たれる位置関係だった。僕は担当者に「右腕でいいですか?」と訊いた。というのも、赤子(息子、1歳1か月)を寝かしつける際に左で腕枕し絵本を読み聞かせることが、寝かしつけるうえでの重要なルーティーンになっていたからだ。担当者は頷き、椅子を反転させた。筋肉注射は痛くなく、気付かぬ間に終わっていた。

その後、15分間、会場で待機した。その間に、2回目の接種の予約を別の担当者が取ってくれた。最速で8月1日。その日程だと、自宅から少し遠い会場になってしまう。同じ会場で接種を受けるには、後日、LINEで申し込む必要があった。なるべく早いほうがいいだろうと判断し、その日程にした。

副反応で熱が出る可能性もあると聞いていたので、帰りに薬局に寄り、予診担当の医師が教えてくれた成分入りの解熱鎮痛剤を購入した。なるべくギリギリまで体調を確認したかったため、編集担当の吉川浩満さんに頼んでこの原稿は本日の14時過ぎに書いているのだが、今のところ接種部位が痛いこと以外には大きな体調の変化はない。ただし想定していたよりも痛く、右腕を上げるのが難儀である。

赤子の寝かしつけのために、利き腕が不便になってしまった。だが、父に後悔はない。今、僕の生活のなかで最も重要なのは、赤子の健やかな睡眠なのだし、痛みもじきにおさまるだろう。昨日、薬局に寄ったあと、最寄りのローソンで買った「美瑛シングルオリジンミルク」という、ハーゲンダッツよりも高級で愚かしいアイスが冷凍庫にある。原稿が終わったら、はりきって貪り食べたいと思う。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid