第168回 優しい死神

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

顔色が悪いという理由で職務質問された経験がある人は少ないと思う。僕は顔色が悪い。とくに目の下のクマが濃く、いつも寝不足のような顔をしている。中・高校生のときは保健室にふらりと寄れば、「なんで今まで来なかったの?」と先生に言われ、フリーパスで早退ができた。

一度、医者に訊いてみたのだが、鼻筋や目の周りの骨格も影響するらしく、僕の場合、目の下のクマをまったくなくすのは難しいのではないかとのことだった。寝不足になると濃くなるが、たっぷり寝たからといって薄くはならない。

あるとき、仕事で使う写真のクマを修正技術でとってもらったことがあった。そこには見知らぬ男が写っていた。「これでは宮崎さんだとわからない」という理由で、修正してもらった努力を無駄にしてしまった。そのときにわかったのは、僕の目の下にクマがあるのではなく、クマがあって僕がいる、という真理である。つまり僕ではなく、クマこそが僕の本体だったのだ。

そんな顔色のせいで、昔の職場の後輩に「優しい死神」「働く廃人」というあだ名をつけられた。さっきからどっちのあだ名がいいかなあと考えていたのだけど、「優しい死神」のほうが優雅そうでいいかもしれないと思った。なにせ働いていないのがいい。そう言えば、「『デスノート』に出ていそうですね」と指摘されたこともある。もうクマを消そうなんて愚かな真似はよそう。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid