モヤモヤの日々

第217回 老い

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

風呂場はモヤモヤの宝庫である。僕は髪の毛が剛毛なのだが、歳を重ねるにつれ髪は細くなり、癖毛はストレートになっていった。そんな僕もたまに剛毛・癖毛に戻る期間がある。シャンプーと勘違いし、ボディーソープで頭を洗ってしまっているときだ。なんで、あんなにまぎらわしい形状をしているのだろう。そっくりではないか。そっくりでないシャンプーとボディーソープもあるのだけど、妻のお気に入りで僕も使わせてもらっている、なにやら意識の高そうなシャンプーと、愛用の乾燥・敏感肌用のボディーソープとは、容器の見た目が似ている。だからよく過つ。

過ちに気づくのは、ボディーソープで頭を洗い始めてから、だいたい3日目のことだ。その頃から髪質が明らかに変わってくる。愛犬ニコルのシャンプーを間違って使ってしまったときは1日で気がついた。犬と人間の毛は、必要な成分が違うのだろうか。というか僕はどこまで愚図なのか。

もうひとつ、僕は髭(ひげ)が薄い。だから、髭剃りはおざなりにしている。洗顔フォームで顔を洗い、ついでにその泡で髭を剃る。それで十分なのである。しかし、あまりにおざなりにするため、顎と喉仏の間にある髭を剃り残してしまう場合が多い。それに気がつかず、アホ髭(前述の場所に剃り残された髭をそう呼んでいる)が一本だけ、長いまま取り残されていることがある。

先日も、そのアホ髭を発見した。なんと4センチ以上も伸びていた。なぜそこまで放置していて、僕も妻も他の人も気づかなかったのかというと、アホ髭が白髪だったからだ。アホ髭が白くなった。

それに気づいた瞬間、なんとも寄る辺ない気持ちになったものである。滅びはアホ髭からやってくる。髪にはまだ白髪がないのに、アホ髭が老いた。アホ髭が白髪になってしまうと、肌の色と同化しやすくなる。なんとかして黒のアホ髭に戻ってくれないものか。そう思ってネットを調べたのだけど、そもそもアホ髭という言葉が存在しないのでヒットしなかった。こうして僕は老いていく。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid