僕は字が汚い。小学生の時は習字を習っていたが、愚鈍だった僕は半紙にドラえもんの絵ばかり描いていたため、破門させられそうになった。後から聞いた話では、母が先生に菓子折を持っていって、「息子が楽しそうに通っているのは、このお教室だけですから」と頭を下げてくれたおかげで破門は免れたそうだ。6年間、なぜか僕だけ1級も進級しなかった。
前置きはこれくらいにして、さて、皆さんはご存知ではないかもしれないが、僕は2020年12月9日に『平熱のまま、この世界に熱狂したい 「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)という新刊のエッセイ集を出した。前著『モヤモヤするあの人』、共著『吉田健一ふたたび』を出したときに驚いたのは、読者の方がサインを求めてくれることだ。「僕なんかがサインしていいんだろうか」と恐縮していたのだが、著者としてはとてもうれしかった。
しかし、僕は字が汚いのだ。サインなんて考えたこともなかったし(余談だけど、この業界にはデビューするずっと前からサインを決めている野心家がたまにいる)、とりあえずは名前と日付を書いて応じていたものの、あまりに字が汚くて申し訳ない気持ちになっていた。
そんな矢先、前著のイベントでご一緒した作家の爪切男さんが、「爪」という四角い印鑑を押しているところを目撃した。「なるほど、こうすれば少しはプレミアム感が出るかも」と、僕はすぐに町の印鑑屋に行って、訝しがる店のおばさんをなんとか説得し、同じような印鑑をつくってもらった。しかし、それでも何故か爪さんのサインのようにはならなかった。
世の中には、字が綺麗な人と、字に味があるタイプの人がいる。字が汚く、味もない僕と違って、爪さんは少なくとも字に味がある。ご本人にも味がある。僕はイベント中、爪さんが何を言っているのかよくわからなかったが、イベント終了後に爪さんから「宮崎さん、ずっと何を言っているのかわからない話をしていましたね」と言われた。これではいけない!と、今回の新刊発売にあたっていろいろと考えた結果、僕はインターネットで見つけたサインをデザインしてくれる専門サービスに、「宮崎智之」のサインを発注してみることにした。
あまり複雑なサインは書けないと思い、「画数少なく」「簡単で書きやすい」「可読性、読みやすさ重視」を選択、納期短縮のオプションを使っても14,300円と、自分では納得できる金額だった。果たして数日後、サインが電子データで届いた。カッコいい! でもちょっと書きにくいかも、と思ったものの、書き順などの説明をよく読み、添付されていた懐かしい漢字練習帳のような用紙を擦り出して練習しているうちに、なんとか書けるようになった。
しかし、である。昨今の情勢では、リアルでイベントを開催することがなかなか難しい。そんなわけで、いまだに新刊に一冊もサインできずにいる。納期短縮オプションを使って、追加料金まで払ったのに。皆さんはご存知ではないかもしれないが、僕は2020年12月9日に新刊のエッセイ集を出したのである。これが売れないと、正直けっこうキツいのだ。前の著書に書いた下手くそな字のサインが、プレミアム物になるくらい頑張らないといけない。
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- 第251回 大晦日の大晦日感(2)
- 第250回 高級な蜜柑(3)
- 第249回 人生の杭
- 第248回 コーヒーの香り
- 第247回 はじめてのサンタクロース
- 第246回 犬と赤子
- 第245回 手紙
- 第244回 僕が好きだったもの
- 第243回 クリエイティブ迷子
- 第242回 懐かしさ
- 第241回 年末進行
- 第240回 二代目・朝顔観察日記(完)
- 第239回 ビニール傘
- 第238回 赤子の習い事
- 第237回 短眠
- 第236回 褒めて伸ばす
- 第235回 コンビニのKさん
- 第234回 風船トレーニング
- 第233回 吾輩は僕である
- 第232回 電話で伝える氏名の漢字
- 第231回 ロクちゃんのぬいぐるみ
- 第230回 書籍化
- 第229回 今日は何の日
- 第228回 本の片付けについて(3)
- 第227回 二代目・朝顔観察日記(8)
- 第226回 育児について
- 第225回 文学フリマ
- 第224回 僕が走った
- 第223回 大学を卒業できない夢
- 第222回 読書の悦楽
- 第221回 ウニについて
- 第220回 駄目貯金術
- 第219回 なにもない世界
- 第218回 シックスマン
- 第217回 老い
- 第216回 赤爆
- 第215回 好き嫌い
- 第214回 3日前の晩ご飯
- 第213回 千葉の沼
- 第212回 前髪のこと(2)
- 第211回 積読くずし
- 第210回 疲れを知ること
- 第209回 動物園
- 第208回 出口がある街
- 第207回 前髪のこと
- 第206回 観光地のマグネット(3)
- 第205回 覚え違いタイトル集
- 第204回 小さな一歩、大きな一歩
- 第203回 寒い季節のアイス
- 第202回 徹夜について
- 第201回 観光地のマグネット(2)
- 第200回 行けたら行く
- 第199回 狭い街
- 第198回 二代目・朝顔観察日記(7)
- 第197回 マスクチェーン(2)
- 第196回 観光地のマグネット
- 第195回 偶然の駄洒落(2)
- 第194回 地震
- 第193回 勉強
- 第192回 家賃の振り込み(2)
- 第191回 二代目・朝顔観察日記(6)
- 第190回 犬年齢
- 第189回 やりたいことリスト
- 第188回 二つ名
- 第187回 二代目・朝顔観察日記(5)
- 第186回 モテとは何か
- 第185回 怪談プリンター
- 第184回 筋トレ嫌い(2)
- 第183回 メロトッツォ
- 第182回 犬の誕生日
- 第181回 彼岸花
- 第180回 赤子が強い
- 第179回 赤子の苛立ち
- 第178回 今日からおじさん
- 第177回 最近のニコル
- 第176回 二代目・朝顔観察日記(4)
- 第175回 親に似る
- 第174回 スティーヴ・アオキ
- 第173回 偶然の駄洒落
- 第172回 下北沢
- 第171回 コロナ以後
- 第170回 ダンス動画
- 第169回 フィルムを貼る仕事
- 第168回 優しい死神
- 第167回 自分の声
- 第166回 二代目・朝顔観察日記(3)
- 第165回 凪を生きる
- 第164回 高身長
- 第163回 黒マスク
- 第162回 二代目・朝顔観察日記(2)
- 第161回 マスクチェーン
- 第160回 痛いと言っていい
- 第159回 あいつは?
- 第158回 文化系トークラジオLife
- 第157回 父と中原中也
- 第156回 二代目・朝顔観察日記(1)
- 第155回 朝顔観察日記(6)〜あきらめない
- 第154回 ある夏の思い出
- 第153回 ワクチン接種2回目(5日目)
- 第152回 腰が痛い人
- 第151回 ピスタチオ
- 第150回 ワクチン接種2回目(2日目)
- 第149回 ワクチン接種2回目
- 第148回 ニコルゾーン
- 第147回 赤子はすごい(2)
- 第146回 退屈さ
- 第145回 髪を切りたい
- 第144回 日傘がほしい
- 第143回 4連休
- 第142回 文字入りTシャツ
- 第141回 本物を見ること
- 第140回 早朝の散歩
- 第139回 回復
- 第138回 ワクチン接種1回目(3日目)
- 第137回 ワクチン接種1回目(その後)
- 第136回 ワクチン接種1回目
- 第135回 朝顔観察日記(5)
- 第134回 あるひとつの日常
- 第133回 七夕の願い事
- 第132回 ありのまま、今、起こったことを書くぜ
- 第131回 気になる投票所
- 第130回 名選手、名監督にあらず
- 第129回 家賃の支払い
- 第128回 1年の折り返し
- 第127回 朝顔観察日記(4)
- 第126回 計画の大切さ
- 第125回 未来からの前借り
- 第124回 赤子の躍進
- 第123回 本の片付けについて(2)
- 第122回 歴史の分岐点
- 第121回 マリトッツォ
- 第120回 朝顔観察日記(3)
- 第119回 ラーミアンでバーメン
- 第118回 ためらい
- 第117回 冷房の設定温度
- 第116回 犬の帰還
- 第115回 弱音
- 第114回 ニコルの人気
- 第113回 紫陽花
- 第112回 風邪予報士
- 第111回 バンドマン(2)
- 第110回 雨のことば
- 第109回 朝顔観察日記(2)
- 第108回 祝日がない月
- 第107回 朝顔観察日記
- 第106回 心のなかの仄暗い場所
- 第105回 駄目さが希望
- 第104回 神隠しの犯人
- 第103回 最高の海外旅行
- 第102回 生まれて初めて
- 第101回 怪談タクシー
- 第100回 目出度い
- 第99回 筋トレ嫌い
- 第98回 1時間10分のモヤモヤ
- 第97回 寝てない自慢
- 第96回 朝一の僥倖
- 第95回 慎重さ
- 第94回 断酒(2)
- 第93回 「まだ生きている」
- 第92回 あいみょん
- 第91回 赤いカーネーション
- 第90回 応援しがい
- 第89回 連休明け
- 第88回 運転免許
- 第87回 読書
- 第86回 気圧のせい
- 第85回 人間は弱い
- 第84回 ダンゴムシを見つける達人
- 第83回 赤子はすごい
- 第82回 やさしくなりたい
- 第81回 ニコルのこと
- 第80回 サークルの夏合宿
- 第79回 ピアノを習っている男子
- 第78回 英雄・コービー
- 第77回 うぐいすの初鳴日
- 第76回 ナ、ノ、ハ、ナ
- 第75回 「されている」
- 第74回 スマホの充電ケーブルが溜まる件
- 第73回 人生で最高に幸福な時間
- 第72回 双子のライオン堂の竹田さん
- 第71回 お洒落な部屋着
- 第70回 白くて丸いやつ
- 第69回 キャズム超え
- 第68回 原稿の提出方法
- 第67回 イノベーション
- 第66回 やる気
- 第65回 コンプレックス
- 第64回 桜ばな
- 第63回 目黒の秋刀魚
- 第62回 角さんの分類
- 第61回 本の片付けについて
- 第60回 春はすごい
- 第59回 マスクは大事
- 第58回 3つ目のブルガリアヨーグルト
- 第57回 「愛犬家はみんな、うちの犬が一番可愛いと思っている説」
- 第56回 断酒
- 第55回 3月生まれ
- 第54回 「誰かが褒めていなければ褒めにくい問題」
- 第53回 10年前
1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤ
Twitter: @miyazakid