先日、旧友の音楽家・小田晃生君と対談した。小田君は、昨年末にニューアルバム『ほうれんそう』をリリースしたばかり。同じく年末に僕が出版した新刊のエッセイ集『平熱のまま、この世界に熱狂したい』(幻冬舎)を読んでニューアルバムのコンセプトと近いものを感じ、パンフレットに掲載する対談を申し込んできてくれた。久しぶりだったので本当は実際に会って対談する予定だったのだが、東京都などで緊急事態宣言が出たこともあり、大事をとってリモートで対談することになった。
小田君は二つ下で、たぶん僕が20代中盤の時に出会ったはずだから、もう15年近い付き合いになる。初めて小田君を知ったのは、「ハイラック」という演劇ユニットの公演を観に行った時、小田君はその劇の音楽を生演奏で担当していて、特に「コンティニュー」という曲が胸に突き刺さった。
その後、僕もその演劇ユニットに脚本を提供するようになり、中原中也生誕100年の折に書いた脚本の公演では、小田君に中也の「湖上」(『在りし日の歌』)という詩に曲をつけてもらい、作中でも演奏してもらった。「湖上」は、小田君が2008年に出したアルバム『発明』にも収録されている。
そんな小田君とも、離れた場所に住むようになったり、生活スタイルが変化したりといった理由から徐々に会う機会が少なくなっていた。しかし、小田君の仕事はずっと追っていたし、たまに共通の友達と一緒に会うこともあった。小田君は僕が作った小噺を聴くのが好きで、会うたびに「宮崎君、あの話もう一回してよ!」とお気に入りの同じ小噺をせがんできてくれるのであった。
小田君と最後に対面で会ったのは2018年、共通の友人の結婚パーティーでのことだった。葉山の一軒家を借りて行われたそのお洒落なパーティーに行くと、隅っこの方で背中を丸めて縮こまっている小田君を発見した。声を掛けるなり小田君は笑顔になって、「いや〜これから僕、余興でライブをするんですよ。緊張しちゃってさ」と、提供されたお酒をちびちび飲みながら言っていた。
その時、久しぶりに「コンティニュー」を聴いた。今までで一番、心にしみ渡った。これは対談でも照れ臭くて小田君に伝えられていないのだが、その時に聴いた「コンティニュー」の世界観、イメージを自分の中で膨らませ、インディーズ文芸創作誌『ウィッチンケア』10号に同名(表記は英語)の掌編小説を書いた。だから、ニューアルバム『ほうれんそう』もすぐに聴いて、当然、何度もリピートして聴くお気に入りになった。
対談当日、前日にドタバタとしてしまい、僕は開始1時間前の正午に起きた。急いで身支度しながら小田君に開始を15分ほど遅らせてほしい旨の連絡をした。せっかくの対談なのに、なんとも締まらない。しかも、おそらく最初は懐かしい昔話から始まるのだろうと思っていたが、序盤から小田君からの的を射た本質的な質問がバンバン飛んできた。まだ眠りから完全に覚めていない僕の脳が一気に覚醒して、とにかく夢中になって語り合った。気がつけば3時間以上も時が経っていた。
小田君の音楽には、楽しさ、優しさ、滑稽さの中に、いつもどこか「切実さ」があると思っていて、その「切実さ」みたいなものが、等身大で強く表現されているのが、「コンティニュー」であり、今回のアルバムの表題作「ほうれんそう」だと思う。「切実さ」があるからこそ、楽しさ、優しさ、滑稽さが立ち上がってくるということを、他ならない小田君という音楽家個人から、アルバムを通して受け取った気がした。そして、それは諦念からくる明るさなどではなく、しがみ付くような思い、脆いけどずっと続いている衝動、現実の手触り、葛藤も含めたそうしたものから広がってくる「音楽への愛」。新作や対談での言葉を聞いて、あらためてそういう反転した「強さ」を感じた。その強さは「弱さ」と表裏一体であり、それを自覚しているからこそ、小田君のこの世界に対する視線には、いつも親しみがこもっている。同時に、それだけでは満足できない、音楽家としての業も素直に見せてくれる。
なによりうれしかったのは、僕たちはまだ「何者」でもない若い頃からの友人だが、今回の対談は「何者」かになった中年の二人が過去を懐かしがってしている内容ではなく、いまだに「どうしたら売れるんだろう?」などとボヤキながら、お互い少しだけ老けた風貌で笑い合いあって話をすることができたことだ。そう、僕たちはまだ「何者」でもない。昔を懐かしがるにはまだ早すぎるのだ。こういうリアルタイムでの感覚を忘れないできちんと言葉として残しておかないと、仮に小田君がとんでもなく売れた時に、ついついハッタリ好きな僕は「僕と小田君伝説」を勝手に語り始めかねない。
小田君は僕の小噺が好きで、僕は小田君の音楽が好き。まだ二人とも30代後半だけど、たとえ70代になっても同じ感じで居られるんだろうな、と思えたことがなによりうれしかった。新年早々、花粉症のような症状に悩まされたり、買ったばっかりのノートパソコンが壊れたりと、なんともモヤモヤした2021年のスタートだったが、小田君との対談は充実していた。そういう時にありがちな罠として、その晩は興奮して寝つきが悪かったが、小田君の音楽を聴いているうちに深い眠りに落ちた。
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- 第251回 大晦日の大晦日感(2)
- 第250回 高級な蜜柑(3)
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- 第248回 コーヒーの香り
- 第247回 はじめてのサンタクロース
- 第246回 犬と赤子
- 第245回 手紙
- 第244回 僕が好きだったもの
- 第243回 クリエイティブ迷子
- 第242回 懐かしさ
- 第241回 年末進行
- 第240回 二代目・朝顔観察日記(完)
- 第239回 ビニール傘
- 第238回 赤子の習い事
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- 第232回 電話で伝える氏名の漢字
- 第231回 ロクちゃんのぬいぐるみ
- 第230回 書籍化
- 第229回 今日は何の日
- 第228回 本の片付けについて(3)
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- 第226回 育児について
- 第225回 文学フリマ
- 第224回 僕が走った
- 第223回 大学を卒業できない夢
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- 第221回 ウニについて
- 第220回 駄目貯金術
- 第219回 なにもない世界
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- 第214回 3日前の晩ご飯
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- 第207回 前髪のこと
- 第206回 観光地のマグネット(3)
- 第205回 覚え違いタイトル集
- 第204回 小さな一歩、大きな一歩
- 第203回 寒い季節のアイス
- 第202回 徹夜について
- 第201回 観光地のマグネット(2)
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- 第199回 狭い街
- 第198回 二代目・朝顔観察日記(7)
- 第197回 マスクチェーン(2)
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- 第195回 偶然の駄洒落(2)
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- 第192回 家賃の振り込み(2)
- 第191回 二代目・朝顔観察日記(6)
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- 第185回 怪談プリンター
- 第184回 筋トレ嫌い(2)
- 第183回 メロトッツォ
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- 第160回 痛いと言っていい
- 第159回 あいつは?
- 第158回 文化系トークラジオLife
- 第157回 父と中原中也
- 第156回 二代目・朝顔観察日記(1)
- 第155回 朝顔観察日記(6)〜あきらめない
- 第154回 ある夏の思い出
- 第153回 ワクチン接種2回目(5日目)
- 第152回 腰が痛い人
- 第151回 ピスタチオ
- 第150回 ワクチン接種2回目(2日目)
- 第149回 ワクチン接種2回目
- 第148回 ニコルゾーン
- 第147回 赤子はすごい(2)
- 第146回 退屈さ
- 第145回 髪を切りたい
- 第144回 日傘がほしい
- 第143回 4連休
- 第142回 文字入りTシャツ
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- 第136回 ワクチン接種1回目
- 第135回 朝顔観察日記(5)
- 第134回 あるひとつの日常
- 第133回 七夕の願い事
- 第132回 ありのまま、今、起こったことを書くぜ
- 第131回 気になる投票所
- 第130回 名選手、名監督にあらず
- 第129回 家賃の支払い
- 第128回 1年の折り返し
- 第127回 朝顔観察日記(4)
- 第126回 計画の大切さ
- 第125回 未来からの前借り
- 第124回 赤子の躍進
- 第123回 本の片付けについて(2)
- 第122回 歴史の分岐点
- 第121回 マリトッツォ
- 第120回 朝顔観察日記(3)
- 第119回 ラーミアンでバーメン
- 第118回 ためらい
- 第117回 冷房の設定温度
- 第116回 犬の帰還
- 第115回 弱音
- 第114回 ニコルの人気
- 第113回 紫陽花
- 第112回 風邪予報士
- 第111回 バンドマン(2)
- 第110回 雨のことば
- 第109回 朝顔観察日記(2)
- 第108回 祝日がない月
- 第107回 朝顔観察日記
- 第106回 心のなかの仄暗い場所
- 第105回 駄目さが希望
- 第104回 神隠しの犯人
- 第103回 最高の海外旅行
- 第102回 生まれて初めて
- 第101回 怪談タクシー
- 第100回 目出度い
- 第99回 筋トレ嫌い
- 第98回 1時間10分のモヤモヤ
- 第97回 寝てない自慢
- 第96回 朝一の僥倖
- 第95回 慎重さ
- 第94回 断酒(2)
- 第93回 「まだ生きている」
- 第92回 あいみょん
- 第91回 赤いカーネーション
- 第90回 応援しがい
- 第89回 連休明け
- 第88回 運転免許
- 第87回 読書
- 第86回 気圧のせい
- 第85回 人間は弱い
- 第84回 ダンゴムシを見つける達人
- 第83回 赤子はすごい
- 第82回 やさしくなりたい
- 第81回 ニコルのこと
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- 第79回 ピアノを習っている男子
- 第78回 英雄・コービー
- 第77回 うぐいすの初鳴日
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- 第75回 「されている」
- 第74回 スマホの充電ケーブルが溜まる件
- 第73回 人生で最高に幸福な時間
- 第72回 双子のライオン堂の竹田さん
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- 第69回 キャズム超え
- 第68回 原稿の提出方法
- 第67回 イノベーション
- 第66回 やる気
- 第65回 コンプレックス
- 第64回 桜ばな
- 第63回 目黒の秋刀魚
- 第62回 角さんの分類
- 第61回 本の片付けについて
- 第60回 春はすごい
- 第59回 マスクは大事
- 第58回 3つ目のブルガリアヨーグルト
- 第57回 「愛犬家はみんな、うちの犬が一番可愛いと思っている説」
- 第56回 断酒
- 第55回 3月生まれ
- 第54回 「誰かが褒めていなければ褒めにくい問題」
- 第53回 10年前
1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤ
Twitter: @miyazakid