モヤモヤの日々

第22回 お調子者

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

生まれ育った東京都福生市には、20代中盤まで住み、大学を卒業してからは市内でひとり暮らししていた(その後も20代後半まで福生市の職場に通った)。当時はとにかくお金がなく、不動産屋に勤めている後輩に頼み込んで、なるべく駅から近く、賃料が安いアパートを探してもらった。

後輩が見つけたアパートは築年が経っていて見た目がボロかったけど、1Kのわりには意外と部屋が広々としていて、なによりも駅から近いのに賃料が驚くほど安かった。福生市は米軍横田基地のある街で、かつて米兵たちで賑わった歓楽街の名残が、今も一部で残っている。紹介されたアパートは、その地域の隅っこのほうに位置していた。後輩から何度も「治安は悪いですからね」と念を押されたものの、お金がなかった当時の僕は賃料の安さに目がくらみ、すぐに契約した。

たしかに治安がよくはなかったが、それも酔っ払いの喧嘩する声がたまに聞こえてくる程度で、若い僕には気にならなかった。引っ越した直後には知らない人たちがたびたび訪ねてきて、要領の得ない押し問答になることはあったけど、根気強く追い返していたら、そのうち誰も来なくなった。しかし、さすがに後輩が「治安が悪い」と何度も念を押すだけのことはあるなとつくづく思ったのは、その部屋に住んでいた3年間で、同じアパートの住民が二度も逮捕(たぶん)されたことである。

記憶が曖昧なので具体的な話は避けるが、僕はよく刑事ドラマなどで、「刑事の聞き込みに対してペラペラと、事実かどうかわからない憶測も含めて喋りまくるお調子者」を見るたびに、ああはなるまいと思っていた。しかし、実際にインターフォンが鳴らされ、乱暴な調子で叩かれたドアを開けると、目が鋭く少しやさぐれた、常々想像していた通りの風貌をした刑事が立っていて、警察手帳を見せられ質問されたら、もう一気にテンションが高まってしまい、ペラペラと喋りまくっている僕がいた。挙げ句の果てには、「僕も様子がおかしいと思ってたんですよ」などと、軽口を叩いてさえもいた。

二度も経験した僕が言うんだから間違いない。刑事が突然来たら、大体の人はお調子者になる。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid