モヤモヤの日々

第21回 緊急事態宣言

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

国による二度目の緊急事態宣言が、東京都などで発出された。一度目の時は先行きの見えない不安から強いストレスに晒され、思考停止状態に陥ってしまうことがたびたびあった。それと比べると今回は、少しは冷静に対応できているのかもしれない。それがいいことなのか、悪いことなのか。

とはいえ影響は大きく、僕も極力外出を控えるようにしている。マンションの窓から見える緊急事態宣言下の東京は、一度目の時のような張り詰めた緊張感はあまりなく感じるが、さすがに人出はいつもより少ないように思う。時短営業を要請されている飲食店だけではなく、影響はさまざまな業種に及び、経済、社会的なダメージを受けている。新型コロナ以降、リモートワークが推進されているものの、導入できる業種は限られていて、感染のリスクが高まっても社会を維持するために仕事を休めない人もいるし、最前線では医療従事者や保健所の人などが疲弊しながら戦っている。

新型コロナに対峙するためには、他者に対する想像力を最大限に働かせることが大切になる。無症状者が多いという特徴が、より一層それを実感させる。もちろん個人の自由は守られるべきだが、「自分がよければ、それでいいのだ」という姿勢でい続けることはなかなかできない。一方で、誰にでもリスクがある以上、個人の責任だけに転化することはできないし、やるべきでもない。経済、社会的な損失と、感染拡大、個人の心理的負担を最小限にするためには、どうすればいいのか。複雑な(ときに専門的な)判断を日々強いられ、徐々に周囲も自分も疲弊していっているように思う。それが強いストレスになり、「慣れ」という状態に身を置こうとする一因になり得るかもしれない。

早く新型コロナの問題が収束してほしいと心から願いながらも、思っていたより長期化するかもしれないという不安が、頭をよぎる。緊急事態宣言が解かれても、しばらくしたらまた発出されて……なんてことが当たり前に繰り返される世の中になってしまうのではないかと途方に暮れる。すべて杞憂だったならいいが、仮にそうなったとしても、「当たり前」の想像力だけは持ち続けていたい。

ところで我が愛犬ニコルは、二度目の緊急事態宣言に気づいているのだろうか。賢い犬なので、前回ほどではないがそわそわしている僕の心持ちを敏感に察しているかもしれない。しかし前回もそうだったが、犬には不要不急という概念はないのだ。だから用心して今日も散歩に連れて行く。

 

宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid