モヤモヤの日々

第24回 バンドマン

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

何故だかわからないが、僕はよくバンドマンに間違えられる。これまでの人生、それはもう何度も間違えられてきた。20代中盤から10年間、高円寺と下北沢というライブハウスが多い街で暮らしていたからだろうか。もしかしたら無意識に、その街に溶け込む風貌になっていったのかもしれない。

僕は考えごとをする際、一箇所に留まってじっとする癖がある。卒業した明治大学は3〜4年の校舎が御茶ノ水にあり、キャンパスの周りには楽器屋がたくさんあった。ある時、僕はふと楽器屋に入り、考えごとをしていた。真剣な顔つきをしながら、店内の一箇所を見つめ、思考を巡らせていた。すると店員が近づいてきて、「○▼※△☆▲※◎★●(聞き取れない英語や数字)ですよね?」と物知り顔で聞いてきた。だから僕も物知り顔で「そうです」と答えたのだが、「音だけでも出していきますか?」と言ってきたので、「すみません。今日はやめておきます」と焦って店を出た。

これは楽器屋にいたのだから仕方ない部分があるが、忘れもしないのは2018月12月14日、僕はAbemaTVにアルコールをやめて断酒した立場として出演した 。滅多にない映像メディアの仕事で緊張したが、なんとか出演が終わり、スタジオの入ったテレビ朝日のビルを出ると、白い手袋をした運転手さんと黒いクルマが停まっていた。タクシー? ハイヤー? よくわからないが、さすがはAbemaTVと思いながら乗り込み、運転手さんに自宅のある目黒区ではなく、杉並区の高円寺向かってほしいと伝えた。その日、友人たちとの忘年会が高円寺の居酒屋で開かれていたのだ。

駅前で降ろしてもらい、商店街を歩いて居酒屋に入った。年末だけあって混雑している。入り口付近で店内を眺めながら友人たちを探していると、店員が僕を見つけ、「お二階になります!」と案内してくれた。果たして二階は貸切になっており、端には楽器らしきものがまとめて置いてあった。バンドのメンバーと思しき人たちと、スタッフなのかファンなのか、とにかく凄く派手な人たち30人ほどが泥酔しながら管を巻いていた。そのうち5、6人はすでに酔いつぶれ机に突っ伏して寝ていた。

「あの、なんか違うみたいなんですけど……」。フロアに僕を通そうとする店員にそう言うと、焦ったように一階に戻り、レジ近くにある紙をなにやら確認して、「すみません。一階でした!」と叫んだ。一階の奥の席に通され、ようやく友人たちと合流できた。こちらは6人中2人が、すでに寝ていた。

ついこの前も住んでいるマンションのエレベーターで一緒になった年配の女性から、「あらヤダ、気づかなかったわ。今日は楽器を背負ってらっしゃらないから」と話し掛けられたばかりである。ここで一番の問題なのは、僕がこれまでの人生で一度も、ギターなどの楽器に触れた経験がないことだ。たぶん小学校の時のリコーダーが楽器に触れた最後ではないか。それなりに文化系の人生を歩んできたのに、ギターに触れたことがない。思春期になっても楽器に興味を示さない僕を心配して、「お前、ギターとか弾きたくないのか? 買ってやるぞ」と、父から言われたくらいだった。あとこれは余談だが、僕はよくDJを頼まれる。しかし、ターンテーブルの電源の入れ方すら知らない。

しかし、僕は音楽を聴くのは好きであり、コロナ禍になる前はよくライブにも行っていた。なので、バンドマンやアーチストを尊敬しているし、そもそも楽器が弾けるだけでその人のことを畏敬してしまう。だからこそモヤモヤするのだ。そろそろギターでも習おうかな、なんて最近では少しだけ考えている。

 

宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid