モヤモヤの日々

第50回 大酒飲みの親戚のおじさん(2)

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

この前の親戚のおじさんの話を読み返していた。その回では、意図的に触れていないことがあった。でも、もうすでにあそこまで書いちゃったのだから、もっと踏み込んで書いちゃっても別にいいよね、と誠に勝手ながら思ってしまった次第なので、続きを書こうと思う。

前回、僕が福生の実家に帰ったとき、玄関側のあまり使われていない部屋に日本酒が置いてあるのを発見した。母は下戸のはずだからどうしたんだろうと思い聞いてみると、それはSさんが置いていった日本酒だとのことだった。実家の部屋はバルコニーが広い。しかし、同じマンション内でも造りが違うらしく、Sさんの部屋のバルコニーはそこまで広くないのだという。「だからほら、Sさんってお酒飲むのが好きじゃない?」。どちらが言い出したのかは不明だが、月を見ながら飲むと楽しいということになり、「勝手に鍵を開けて入ってきてバルコニーに出て飲んでいい」と決まったのだという。そんなことになっていたなんて。

まさか、Sさんが月を見ながら酒を飲んでいたとは純粋に驚いた。親戚に酒を飲める人がいなくなったくらいでしょげていたSさんが、月を見ながら酒をのんでいるなんて、にわかには信じがたい。あと、こんなことできれば言いたくないのだが、地元の福生市は都心から遠く離れたかなりの郊外なのに夜空が明るいのだ。それは、米軍横田基地があるからである。基地が明るい。だから正直に言って、そんなに綺麗に月や星が見えるわけではない。もちろん都心部よりは綺麗に見えるのだが、Sさんが生まれた東北の空はどうだったのだろうか。

かつてSさんは僕と飲むとき、「智くんには敵わないなあ」「いや〜、やっぱり智くんには敵わないなあ」としきりに連呼する癖があったので、ためしに「この前、財布を落としたんですよね」と言ってみたことがある(本当に落としたのだが)。それでもやはり「敵わないなあ。いや〜、智くんには敵わない」と感心しきりだったのだから、人の話を聞いていない潔い酔っ払い方が素敵だなと思った。そんなSさんが、月を見ながら酒を飲んでいるところを、僕は想像してみた。

大して綺麗に見えない月に向かって、「いや〜、やっぱり敵わないなあ」とか言っているのだろうか。せめて「智くんには」とだけは言っていないことを切に願いたい限りである。

 

宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid