モヤモヤの日々

第205回 覚え違いタイトル集

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

とんでもないことが起こった。以前もこの連載で取り上げた、福井県立図書館がウェブサイトで公開している超人気コーナー「覚え違いタイトル集」が書籍化されたのだが、それに僕の前著『平熱のまま、この世界に熱狂したい』の覚え違いが収録されたのである。このコーナーは利用者からカウンターに問い合わせがあった間違った本のタイトルから、司書さんなどスタッフの方々が正しいタイトルを導き出す、というものだ。まさかあの覚え違いが公立の組織が出した、公の刊行物に掲載されてしまうとは。大変光栄である。日本もまだまだ捨てたものではない。

『普通のまま発狂したい』

僕はこの覚え違いを知ったとき、思わず身震いがした。そこに「人間」がいたからだ。間違いなく人間がいた。そして、人間が矛盾を抱えた存在だとはわかってはいたが、そういった欲望を抱えている人がいるとは想像が至らず、戦慄と敬意を覚えた。かくも、かくも人間的な人が福井にいる。今すぐ福井に飛んでいきたい。それはできないが、それくらいの気持ちである。そういう主張をしている本を読んで方法を学びたいと思った人がいる事実に、僕は人間の人間たる所以を見た。

しかも僕の本の覚え違いは、現在、900個ほど掲載されている覚え違いのなかから厳選した90個に選ばれた。ある編集者から連絡が来て掲載されたことを知り、僕は小躍りしてよろこんだ。赤子も小躍りし、犬は丸くなって寝ていた。今月20日に出版されたばかりの『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』(福井県立図書館、講談社)は、利用者が覚え違いしたタイトルが掲載されているページをめくると、正しい書名と司書さんのレファレンス、書誌情報がわかるというつくりである。どのように紹介されているのかは読んでのお楽しみだが、掲載されている章のタイトルが「気持ちはわかるけど……」だったことに注目したい。司書さんも『普通のまま発狂したい』とひそかに思っていたのである。なんという素晴らしい図書館だろうか。

僕の大好きな「夏目漱石の『僕ちゃん』」がトップバッターとして掲載されているのもうれしい。なんでこんなにはしゃいでいるのかというと、僕の夢は他の人の本で、自分や自分の著作が紹介されることだったからである。こんな形で夢が叶うとは、うれしさのあまり普通のまま発狂してしまわないように気を付けたい。覚え違いをした利用者と司書さんも、どうかご無事でありますように。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid