モヤモヤの日々

第9回 遅刻の理由

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

誰かの結婚式だったか、同窓会だったかは忘れたが、ある時、元同級生の女性からこんなことを言われた。「宮崎君が遅刻してきた日があって、先生が『なんで遅刻したんだ』と聞いたら、『風が強かったから』と答えたんだよね。その時、宮崎君って変わってる人だなあと思った」。この手のエピソードはしばしば変わり者のポジティブな、むしろカッコいい系の逸話として語られたり、その効果を狙って演出されたりするものだが、真実はそのどちらでもない。

高校時代、僕は少しでも長く家にいるため、「1分前登校」に強いこだわりを持っていた。しかし、通っていた高校は駅からの道のりが長く、しかも途中に信号が多い。大きな道路もあるため、横断もできない。だから僕は、あの信号に上手くつかまらないためには、どれくらいのスピードで歩けばいいかと考えたり、この時点で、この信号につかまらなければ確実に間に合うという体感を身につけたり、少しでも近い道順はないか探ったりしていた。毎日、「1分前登校」を成功させるために、僕は常にたゆまぬ努力をし続けていたのであった。

その日は風が強かった。いつものように完璧な行動を実行しているつもりだったが、各行動に抵抗が加わり、0.1秒ずつほどの遅れが生じていた。結果、わずかな差で信号につかまり、遅刻してしまった。0.1秒の蓄積によって、遅刻が生じたのであった。つまり、僕は変わっている人でもなんでもなく、「風が強かったから」という遅刻の理由は本当のことなのだ。

風が強かったんだから、遅刻だってするでしょう。そんなのは当たり前のことである。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid