モヤモヤの日々

第155回 朝顔観察日記(6)〜あきらめない

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

ようやく体調が回復した。新型コロナウイルスのワクチン(2回目)を接種して以来、体調不良が続いていた。とくに辛かったのは腰痛なのだが、昨日この連載の原稿を書いて以降、一日中、途切れなく寝ていたら痛みがおさまってきた。医療情報なのでうかつなことは言えない。なんとなくだが、2回目の接種でもともと悪かった腰が悲鳴をあげたのではないかと個人的には思っている。元の痛みが10としたら、今日は2.5か3くらいに回復している。

さて、そんなこんなで悶絶しながら生活していたところ、朝顔の世話が疎かになってしまっていた。強風が吹いた日に風を避けるための鉢の移動を怠ったせいで、蔓を巻いた朝顔が盛大に倒れてしまった。しかも、3つの鉢が重なり合うように倒れ、蔓も複雑に絡み合っているという惨状だ。その状態で2日放置したため、ほとんど枯れた状態になってしまっている。

以前に、鉢が倒れてから復活して花を咲かせた年があったが、今回はそんなレベルの崩壊ではなさそうだ。まだ痛む腰を庇いながらなんとか絡まった蔓を解こうとしたものの、どうやら復活させて育てるのは難しそうである。蔓が伸び始めたころ、この連載で引用した金子みすゞの詩「朝顔の蔓」(春陽堂書店『みすゞさんぽ――金子みすゞ詩集』収録)を思い出す。

それでも
お日さまこいしゅうて
きょうも一寸
また伸びる。

体調が悪かったとはいえ、いじらしく成長する朝顔に対して申し訳ない結果になってしまった。朝顔さん、すまない。痛恨のミスである。悔しいし、悲しいし、無念さが募るばかりだ。

しかし、「人生はやりなおせる。何度でも」という信念を持っている僕は、朝顔を育てるのをあきらめないことにした。無念にも廃棄せざるを得なくなった朝顔のためにも、もう一度、種から植えて育ててみようと思う。通常、朝顔は8月に種を植えるには遅すぎる植物だが、数年前、季節外れの8月から育てて、きちんと9月に開花した。今回もそうなればいいが。

せっかく育てたのに花を咲かせてあげることができなかった朝顔、そして季節外れに育てられる朝顔。人間の都合で振り回しているようで気が引けるが、僕にとって朝顔を育て、きちんと開花させることは、生活そのものなのである。腰が痛い、育てた朝顔が駄目になった。生活はままならない。人生は試練だらけだ。しかし、それらの課題に向き合って生きることが「生活」なのであり、それを記述していくことがこの連載なのだとあらためて思ったのだった。

 

Back Number

宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid

モヤモヤの日々

第154回 ある夏の思い出

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

新型コロナウイルスのワクチン接種(2回目)による副反応だったのか、先週は熱が出ていたが週末にはなんとかおさまり、腰痛だけが残っている。以前から腰痛はあったのだが、それにしても痛い。痛みがおさまらなければ、病院に行こうと思っている。歯医者もまだ通わなければいけないのに、やれやれだ。まだ39歳なのだけど、この連載で僕の体は痛み過ぎている。

今日の東京は暑いらしい。天気予報によると38度まで気温があがるそうだ。先週の僕の体温と同じである。先ほど、朝顔に水をやろうとバルコニーの窓をあけただけで禍々しい熱気を感じとった。とりあえず腰の医者は明日以降にしよう。この気温での外出はきっと体によくない。

大学2年生の頃、実家がまだ駅前に引っ越しておらず、東京の西の果てにある福生市の多摩川沿いに住んでいた頃、実家から武蔵五日市線の最寄り駅までは徒歩20分以上かかった。熊川駅は当時としても珍しい無人改札駅で、電車の本数も極端に少なかった。僕は夏、大学に行くために35度以上の気温の中、熊川駅まで歩いていた。雑草が生い茂った急勾配の階段を登っていた。草木の匂いが強く、日差しが網膜に突き刺さって痛かった。僕は手で日差しを遮りながら、その時、この瞬間をこれからの人生で何度も思い返すことになるだろうなと、なんとなく直感した。

この直感は的中して、実際にあの瞬間のことを、その後の人生で何度も思い返すのだった。とくに寒さにへこたれて不平を漏らしたくなるとき、あの瞬間のことが脳裏に浮かび、「どうせ夏になったら、暑さに不平を漏らしているんだよな」と、辛さを少しだけ慰めることができた。

そして今日、腰痛を患った39歳の僕は、冷房の効いたマンションの一室であの夏の日のあの瞬間を思い出しているのだった。あの時、19歳の僕は家を出たことを心から後悔した。今日は家にいよう。

 

Back Number

宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid