scrap book スクラップとは、断片、かけら、そして新聞や雑誌の切り抜きのこと。われらが植草甚一さんも、自分の好きなものを集めて、膨大なスクラップ・ブックを作っていた。ここでは、著者の連載から、対談、編集者の雑文など、本になる前の、言葉の数々をスクラップしていこうと思います。(編集部)
モヤモヤの日々

第239回 ビニール傘

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

自分は矛盾した性格の持ち主だとつくづく思う。すぐにものをなくす。片付けができない。なくしたものを探す時間が僕の人生になければ、もっと頭のいい人物になれていただろう。よく語学を習得するのに○○○○時間必要といったことを聞くが、それこそ第二外国語のひとつはものにできたかもしれない。その一方で妙に物持ちのいいところもあり、かれこれ18年前、就職活動で内定をもらった記念に買った高級でない名刺入れをいまだに使っている。

コロナ禍になってからほとんど使わなくなった名刺入れが、部屋の片付けをしていたら出てきた。本の山に押しつぶされていたため、ヘラで押し付けて焦げたお好み焼きのように平たくなっていた。鞄に入れて持ち歩いていたものの、やっぱり使う機会があまりない。鞄の中でペットボトルのお茶のキャップが緩み、水浸しになってしまった。今は干してある。

自分が矛盾していると思うのは、名刺入れのようにずっと愛用しているものもあれば、あっさりなくなって二度とご対面できないものもある、ということである。ものによって、その差が激しい。すぐになくすものとして代表的なのは、ビニール傘である。本当によく消える。

しかし、ビニール傘にかんしては僕だけの現象ではない。日本洋傘振興協議会によると、洋傘の国内年間消費量は、推計で約1億2000~3000万本。そのなかにビニール傘がどれだけ含まれているかまではわからないが、僕は年間、最低でも3本は購入している気がする。

ビニール傘は、取り間違えられたり、したりして、気づかない間に別物になっているケースがある。また、雨が突然降って持ち合わせがないときにコンビニで買うのは、だいたいビニール傘だ。取り間違えについては、柄の部分にシールを貼っておくと防げそうだけれど、その対策では置き忘れは防げない。住所や電話番号を記しておけば、連絡してくれる人がいるだろうか。たぶんいないし、僕ならしない。かくして、愛用のビニール傘は存在しないのである。

折り畳み傘や高級な傘を購入したら、なくさないで済むだろうか。ほとんどの人はそうだろうが、僕はなくしてしまう自信が満々である。となると、年間3本か4本かビニール傘を買ったほうがコストパフォーマンスがいいということになる。しかし、それは資源の無駄である。そういえば今年の夏、日傘を買おうとして、まだ買えていなかったことを思い出した。降雨兼用のお洒落な傘を買ったら、なくしたり、忘れたりすることもなくなるだろうか。怪しいものだ。

13時現在、雨が降っている。今日は夕方から神保町にある晶文社にうかがい、編集担当の吉川浩満さんと一緒にこの連載の書籍化決定を記念したポッドキャストの収録を行う。吉川さんの傘を持って帰ってこないよう気をつけたい。

 

Back Number

    長野生まれ。個人的な体験と政治的な問題を交差させ、あらゆるクィアネスを少しずつでも掬い上げ提示できる表現をすることをモットーに、イラストレーター、コミック作家として活動しつつ、エッセイなどのテキスト作品や、それらをまとめたジン(zine,個人出版物)の創作を行う。