scrap book スクラップとは、断片、かけら、そして新聞や雑誌の切り抜きのこと。われらが植草甚一さんも、自分の好きなものを集めて、膨大なスクラップ・ブックを作っていた。ここでは、著者の連載から、対談、編集者の雑文など、本になる前の、言葉の数々をスクラップしていこうと思います。(編集部)

第4回 留学生から聞くシリアのオタク事情3

内戦下のシリアは、実はアラブ諸国の日本アニメ放映での翻訳拠点だった。ラブライブ、鬼滅、ジョジョ、宇崎ちゃん……日本で流行っているアニメは、シリアのオタクのなかでも流行っている。内戦下でもたくましく、したたかに活動するシリアのオタクたちの日常を通して、知られざるアラブ世界のおたく事情を伝えるレポマンガ&エッセイ。遠く離れたシリアに自分たちと同じオタクがいて、そんな彼らが、自分たちとまったく同じものが好きで、同じアニメを見ていると考えると、なんだか平和が近づいている気がしませんか?

 


 

【一言コラム】

シリアの日本アニメオタク第一世代

シリアの人々が日本のアニメを観始めたのは1980年代前半。まもなく40年が経とうとしています。この40年で、シリアでの日本アニメの知名度は非常に高くなり、シリアの国営・民間の放送局で放映された日本アニメの数も相当数に上りますが、「オタク」という言葉が、日本アニメを愛するシリアの人々の間で知られ、やがて自らも「オタク」を称するようになったのは、いつ頃なのでしょうか?

私はこれまで、複数の「オタク」を自称するシリア人に、この質問をしたことがあります。すると、20代後半から30代前半の人々が「自らこそがオタクの第一世代」と名乗ったのです。そのうちの1人は、「2011年前後に『フェイスブック』上で『オタク』という言葉が紹介され、友人たちの間でも使われ始めた。その後2013年に『フェイスブック』上に、日本アニメを愛するシリア人達のコミュニティ-『Syrian Hardcore Otaku』が開設され、千人規模のシリア人がこのコミュニティーに参加したことで、『オタク』という言葉が定着し、『オタク』を自称する人が急増した」と語りました。

2011年以降にシリアで「オタク」が「誕生」し、増加していった背景には、シリア国内のインターネット事情の変化、そしてSNS利用者の増加があると考えられます。

2000年代前半、インターネット回線を自宅に引くには煩雑な手続きと高額な使用料がかかる上、接続速度は非常に遅いものでした。2000年代後半に手続きが簡略化され家庭にインターネット回線が普及、使用料の値下げ、接続速度の向上(動画も視聴可能に)が実現し、SNSユーザーも急増しました。2011年に「フェイスブック」を通じ反体制デモが呼びかけられるようになると、当局は「フェイスブック」の閲覧をブロック、インターネット回線の遮断も頻繁に行なわれましたが、都市部での反体制デモが下火になり、反体制武装勢力との戦闘も政府側に優位になっていく過程で「フェイスブック」は解禁となり、回線も安定するようになりました。シリア国内で「オタク」が急増したのは、この直後でした。

 

私の母も日本アニメが好きです!

「小さい頃、家族全員で日本のアニメを観ていた」「私の母も日本アニメが好き」-オタクを称するシリア人の中には、日本のアニメを好きになったきっかけとして、「家族が観ていた」ことを挙げる人が少なくありません。オタク達の両親の多くは、1950-60年代に生まれていますが、彼らが20代の頃、日本のアニメがアラブ諸国で放映されるようになりました。

以前、ダマスカスに住む、あるオタクのお母さん(1958年生まれ)と会った時、「1980年代の初め、当時住んでいたカタールで『レディー・オスカー』や『アドナーンとリナ』を欠かさず観ていた」という思い出話を聞きました。「レディー・オスカー」は「ベルサイユのばら」のアラビア語吹き替え版、「アドナーンとリナ」は、「未来少年コナン」の吹き替え版のタイトルです。「ベルサイユのばら」「未来少年コナン」とも、クウェートに本拠を置く番組制作会社GCCJPPIが翻訳、編集を行ない、アラブ諸国のテレビ局(当時はほとんどが国営)に配給していました。

「レディー・オスカー」の最終回に涙したというそのお母さんが、「あの頃はシリア人の声優を雇わなかったのか、登場人物が皆イラク訛りだったのが印象に残っている」と話していたので、GCCJPPI配給の2作品の声優陣を調べたところ、ほぼ全員がイラク人ないしクウェート人でした。クウェート在住のイラク人俳優として当時有名だったムサーフィル・アブドゥルカリームさん(1952年生まれ)は、「ベルサイユのばら」のアンドレ・グランディエ、「未来少年コナン」のラオ博士を演じたことで知られています。しかし、彼は湾岸戦争終結直後の1991年2月、イラク軍によるクウェートを占領期(1990年8月-1991年2月)に、イラク側に協力したとしてクウェート当局に逮捕、処刑されるという最期を遂げました。


※13 ベルサイユのばら
池田理代子により1972年から73年にかけて週刊マーガレットに連載された歴史漫画。フランス革命の時代を描いており、作者はこの作品によってフランス政府からレジオン・ドヌール勲章シュバリエ章が授与されている。
解説文 松城(liliput)

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    長野生まれ。個人的な体験と政治的な問題を交差させ、あらゆるクィアネスを少しずつでも掬い上げ提示できる表現をすることをモットーに、イラストレーター、コミック作家として活動しつつ、エッセイなどのテキスト作品や、それらをまとめたジン(zine,個人出版物)の創作を行う。