scrap book スクラップとは、断片、かけら、そして新聞や雑誌の切り抜きのこと。われらが植草甚一さんも、自分の好きなものを集めて、膨大なスクラップ・ブックを作っていた。ここでは、著者の連載から、対談、編集者の雑文など、本になる前の、言葉の数々をスクラップしていこうと思います。(編集部)
モヤモヤの日々

第164回 高身長

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

よく、身長が高いと言われる。僕の身長は178センチである。日本における男性の平均身長が170.6センチなのだから、たしかに平均よりは高いのだが、はたして高身長と言えるのだろうか。父、両祖父が180センチを超えていたため、自分的には伸び悩んだなと思っている。しかし、世間では身長が高いという認識になっているようで、よくそう言われるのだ。

ここ最近、腰が悪くて寝転がってばかりいた僕は、huluでSKY-HI(日高光啓)が主宰するボーイズグループ(ダンス&ボーカル)のオーディション「THE FIRST」をずっと観ていた。このオーディションの面白いところは選ぶ側(SKY-HI)の葛藤や、ある種の暴力性に焦点が当たっているところだ。そして、社長(SKY-HIは、一部のファンにそう呼ばれている)がとにかく優しくて、オーディション参加者に気を遣う。「無理し過ぎないで」「少しは休んで」と心配したり、スパルタのトレーナーから参加者が無茶振りされたとき、「それはちょっと難しいんじゃないかな」と間に入って緩衝材になったりする。音楽と参加者へのリスペクトを常に忘れない。

社長の気遣いのなかで一番胸に響いたのが、身長についてのやり取りだった。ダンスしながら歌う技術の習得は、平均身長より高い人のほうが、そうでない人より難しい場合があるのだという。つまり不利なのだ。そんな状況であるのにもかかわらず、よく頑張ってくれたと、高身長組を労っていたのである。これには感動した。一般的に、身長が高いのはよいことだとされている。たしかに高い場所に手が届いたり、人混みの中に埋もれなくて済んだり、身長が高いと得られる利点はある。「身長が高くていいですね」と言われたことは数えきれない。

一方で、身長が高いがゆえのデメリットも少なからずあるのだ。たとえば、よくいろいろな所にぶつかる(特に頭上)、ベッドが狭い、劇場や映画館などで、後ろの座席の人に気を遣う。転ぶと痛い。まだまだあるのだが、一般的に高身長はいいことだとされているから、なんとなく「身長が高いから、これが不便です」と不満を言うのがはばかられてしまう。

そんな(つらさが伝えにくいという意味で)不遇な、高身長組にまで気を遣ってくれる社長。もし勤め人に戻ることがあったなら、あんな上司がほしい。激痛がはしる腰を庇うためエビのような姿勢になりhuluを観ながらそう思っていたものの、後になって調べてみると社長は僕より5歳ほど年下であったのだった。人間の器の大きさは、年齢とは関係ないのである。

 

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    長野生まれ。個人的な体験と政治的な問題を交差させ、あらゆるクィアネスを少しずつでも掬い上げ提示できる表現をすることをモットーに、イラストレーター、コミック作家として活動しつつ、エッセイなどのテキスト作品や、それらをまとめたジン(zine,個人出版物)の創作を行う。