scrap book スクラップとは、断片、かけら、そして新聞や雑誌の切り抜きのこと。われらが植草甚一さんも、自分の好きなものを集めて、膨大なスクラップ・ブックを作っていた。ここでは、著者の連載から、対談、編集者の雑文など、本になる前の、言葉の数々をスクラップしていこうと思います。(編集部)

第20回 Million Wish

全感覚祭――GEZANのレーベル十三月が主催する、ものの価値を再考するインディペンデントフェス。GEZAN マヒトゥ・ザ・ピーポーによるオルタナティブな価値の見つけ方。

あまり上手に眠れない日々が続いている。勉強やスポーツにはカリキュラムの型があるが、睡眠はどうやって上手になればいいのだろうか。親や先生にも教えてもらった記憶もなく、皆自然に学習していったのだろうか? 海の撮影で黒く日焼けした腕をさすりながら重い目を開けて困っている。
頭の中はぐちゃぐちゃで、未来の記憶までもが波の満ち引きのように押し寄せるのは夏の幻がいたずらに心を掻き乱すからだろう。「Shangri-Ra」のMVと並行して中野サンプラザの公演の映像を編集している今、そこで輝いている霊性の一つ一つが問いかけてくる。

2023年の夏、フジロックのGREEN STAGEの上でMillion Wish Collectiveは融解する。繋いでいたCollectiveという約束はほどかれ、それぞれの日常に皆一人一人が溶け出していく。バンドのように結成したわけではないから融解という言葉はピッタリとくるね。

思えば、前ベースのカルロスが脱退した日の翌日、下北沢のSpreadで何のプランもないまま声を出し始めた日から二年間、ずっとミリオンはそばにあった。いや、いてくれた。表でどう見えていたかはわからないけど、壊れかけていたバンドの内情と破綻した運営、それに相反して大きくなっていくGEZANへの時代の視線の間にははっきりとした軋轢があり、その間にある不協和音のけたたましさを解いてくれたのは紛れもなくミリオンだった。コロナによって奪われた嫌に退屈な静寂の中で毎週会い、予測のつかないうっすらと肌に張り付く不安の中で声をだす時間にどれだけ救われただろう。その流れのまま立ったフジロックのRED MARQUEE、顔を真っ赤にペイントして撮影した「萃点」のMV、ロケバスの車内で聞こえる意味のない会話の声が今もやまびこのように頭の中で反響している。
メンバーに話せないような葛藤を夜明けまで聞いてくれたのはミリオンのメンバーで、そこに魔法はなく、ただ心と時間を使ってくれた。

 

当たり前のことだが、皆それぞれに人生があり生き方がある。ミリオンメンバーの中にはアーティストやバンドマンもいれば、ステージに立つのも初めてだった人もいる。現場労働で汗を垂らしながら練習の時間を確保したり、夜な夜な代々木公園に集まって自主練をやっていた人もいる。もっと、ミリオンとしての活動を続けたかった人、ここが潮時だと帯を締めている人、バラバラなのは当たり前のことで、そのどれもが正解で正しい。だからここで融解する。フジロックで始まりフジロックで約束は溶ける。

 

人と人とはどうして出会うのだろうか?
綺麗事では片付けられないものをデザインという行為は隠すことができる。都合のいい景色だけを電子の海の上に残し、不都合な瞬間をレタッチして和平的な健全さをアピールすることは簡単なことだ。人は見えてるものだけを真実だと認識する。その奥側を想像する体力がある人は一握りで、仮に一瞬露呈しても大きな流れの中に埋没する。数えられなかった涙や、人知れず溢れた孤独のこと、あなたにも経験があるだろう? 派手にカウントを重ねるいいねと強烈なニュースの元に押し流されなかったことにされる。日々、わたしたちの胸を貫通していくのはそんな景色の連続だ。

「JUST LOVE」という曲の一説に「人が集まるっていう暴力」という言葉がある。融解を目の前にした今、ミリオンに感じていた一つの感触はこれだった。だってそうだろう? わたしが夜の底から集めてきた歌詞の一つ一つをちがう生き方をしてきた人間が100%シンクロすることなど不可能だ。思ってもいないこと、理解できないこと、それらをコーラスとして口に出すことの提案には暴力を内包している。
「あなたのアイデンティティを借ります」
わかった上でやっているの、そんな集合体への理解を示すためのわたしの詩はある種の懺悔の羅列でもある。寄り添ったつもりでいても平気で気付けないでいるわたしも強い光に立ち眩み、足元に咲いていた花を踏んでいる者と何も変わらない。そんな後悔ともつかない感情を思うのは画面から伝わってくるみんなの真剣な眼差しだった。わたしはミリオンの皆の純粋さを借りていた。そして心は何かと組み合わされないと実像を持つこともできない。故に気付かぬまま通りすぎた瞬間たちが直立している改札口の前、わたしは考えていた。
どうすれば続けることができただろうか?

冷房で冷やしすぎた部屋、布きれ一枚を鼻の下までずりあげて咳き込む。いたるところで夏風邪が流行っているみたいだから気をつけなくちゃいけない。
ミリオンは学校みたいなところがあって、それぞれのメンバー間の関係性は水みたく流動していく。ケンカして口を聞かなかった者同士が翌月には笑いあってたりする。そのグラデーションを遠目で見ている人もいれば、イーグルのようにそもそもケンカしてたことも仲直りしたことも気づかない人もいる。プロの集団でないが故にその心の動きはコントロールされることなく露呈する。はっきり言って、これを浴びるのはとても疲れる。この疲弊は音楽なのか?と疑問を持つこともあった。学級委員長ができないからマイノリティを鼓舞するパンクに惹かれてバンドを始めたのにね、なんて弱気に首を垂れて脊椎を損傷する夏の日の午後に、あらためて、どうすれば続けることができたのかな?
きっと答えは明確で、ある種の宗教にするしかないのだと思う。意志を統一し、一つの強い思想でそれぞれの微細な差を均一化する。もしくは心を金で買うか? 胸糞悪くて反吐がでる。

THIRD SUMMER OF LOVE
「どうしてぼくらは出会ったの? 天国はにぎやかそう。悲しい季節なはずなのにキミはどうしてそんな綺麗に笑うの?」
サンプラザの映像を編集している帰り道、タクシーには乗らず歩きながらそんなフレーズを口ずさんでいた。この表情たちと別れるのだよ。一人一人と過ごしたシーンが倍速にした走馬灯として再生される。空のペットボトル、絞れるほど汗だくのTシャツ、スタジオ後のコンビニで買ったビールとくだらない話、ライブの前日に届いたメール「学生時代こんな部活だったら続けられたのかな?」組まれた円陣の肩と肩、向かい側のメンバーと目が合って奴は恥ずかしそうに笑った。リハを入念にやったのに気合いを入れすぎてライブの本番でマイクのコーンを握る男子メンバー、暑さ対策で練習中の冷房を下げないか?という提案に鬼クレームを重ねる女子メンバー、日比谷野音のライブ中にビルの隙間から吹き込んできた生き物のような風の正体、打ち上げの途中の終電で帰る時の寂しそうに手を振る顔、そんな一つ一つの風景が宝物であり、じきに凶器になる。
JUST LOVEは先程の歌詞の後こう続く。
「人が集まるっている暴力と、その先で重なる一瞬は奇跡。同じ頬で流す別の涙、また出会うためにサヨナラをしよう」
ミリオンと別れる今の気持ちの全てを語っているかのようで、そんな歌詞を随分と前に書いていた。いつだって、詩はわたしの前方を照らす。

わたしたちが一体何だったのか、過ごした時間が何だったのか、そのことを我々も知り、知ってもらった上で、最後の姿を見てほしい。サンプラザの映像を販売する前に無理言って一日だけ限定で公開することにした。
そこに映っているのは、一つのカタルシスにのみ昇っていく一色の光ではない。分裂し、引き裂かれ、矛盾しながら白い夜に発光する太陽たちの記憶だ。こんなことやってるやつらどこにもいないと思うよ。当日の現場でのミリオンのセリフも追撮された言葉も全てわたしが書いている。この暴力と隣合わせの一瞬の連帯を最後の時まで希望と呼ばせてほしい。サンプラザの公演はそんなプロジェクトだった。
先行で公開されたJUST LOVEを見ながら、きっとこの先、この夏以上にいいJUST LOVEを演奏することはできないかもしれないと思った。ミリオンで一緒に声を重ね、つくったのだもの。
それがわかっていてもきっと演奏を続けていくよ。それがわたしたちの続ける旅の正体だから。

特別蒸し暑い2023年の夏の記憶を這い回るゴーストたちが今夜も眠らせてくれない。見えなくなっても居座り続ける、思い出という名のゴースト。しまっていた引き出しから跳ね上がる響きの一瞬一瞬、表情と振動に水面はずっと乱れている。
でも、そんなまとまらない混乱した気持ちも練習で声を出していると整ってくるから不思議だね。焦燥感とロックっていうのとことん相性がいいんだ。
不思議な季節にきみといた。まわりくどく言ってけど、シンプルに言って別れることが寂しいんだね。
こんな気持ちのことなんて言うんだっけ?
青春って言うんだっけ?

残されたステージが一つ。
「出会ったことに意味があるならここで証明しないか?」ずっと反響している、何度も歌ってきたフレーズ。フジロックが終わればぐっすり眠れるかな? その時見る夢の中でわたしはどんな顔をしているだろう。今のわたしにはちゃんと混乱した表現だけが優しく思える。複数形の太陽と蜃気楼の先でわたしは会い、用意された答えの先にいく。
羽なら持ってる。あとは空と呼ばれている場所で浮かぶだけ。わたしたちがここにいたこと七月に覚えておいてもらうんだ。それぞれの太陽が見えてきたら耳打ちしよう。きっとそれはいいアイデアだよね?

 

 

photography Shiori Ikeno

 

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    長野生まれ。個人的な体験と政治的な問題を交差させ、あらゆるクィアネスを少しずつでも掬い上げ提示できる表現をすることをモットーに、イラストレーター、コミック作家として活動しつつ、エッセイなどのテキスト作品や、それらをまとめたジン(zine,個人出版物)の創作を行う。