モヤモヤの日々

第67回 イノベーション

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

イノベーションが求められている。いや別に僕には求められていないのだが、世の中には求められている。まさか、スマートフォンのような通信機器が当たり前になるとは思わなかった。堀井憲一郎の『若者殺しの時代』(講談社現代新書)によると、フジテレビの月9ドラマで初めて携帯電話を使ったのは石田純一らしい。1989年に放送された『君が嘘をついた』において、ラジオディレクター役の石田純一がスポーツカーで中山美穂のマンションの前に乗り付け、巨大な車載電話を外に持ち出して話している場面が最初だったそうだ。それから32年。今はスマホでパンケーキの出前をとる。イノベーションは常に求められ、産業や雇用もうんでいる。

僕は鈍臭く不器用なので、イノベーションを繰り返す世の中のスピードの速さに、しばしば辟易する。周りの同世代は、ほとんどスマートフォンの「フリック入力」ができているのに、僕はいまだにできない。ここらへんを分岐点に、時代から遅れをとった感じが出てきた。しかし、職業柄、新しい情報には常に触れるし、たとえ億劫でも新しいテクノロジーを導入せざるを得ないケースが多いため、まあなんとか時代に振り落とされずに済んでいる感じだ。

ところで最近、部屋の片付けをしながらいくつか気づいたことがある。そのひとつが、この世の中には、「乾電池がやたらと家にある現象」が存在するということだ。とにかく、いろいろな収納場所から、乾電池が出てくる。未開封のものもあれば、開封済みのものもある。開封済みのものは、どれが使えて、どれが使えないのか調べてみない限り判別がつかない。

なぜ、「乾電池がやたらと家にある現象」が起こってしまうのか。理由はいくつもある。たとえば、乾電池が必要になるたびに乾電池を買ってしまうのだが、前回、多めに買っておいたことを忘れていて、ストックが溜まってしまう、というものがある。あとは、分別して捨てなければならないので、使用済みの乾電池がついつい家に溜まってしまう理由もある。

これはイノベーションでなんとかならないものだろうか。たとえば、具体的にどうやるのかはわからないけど、乾電池がネットかなにかに接続され、電池の残量がなくなったら自動で注文してくれて、さらに使用済みの乾電池を引き取ってくれるサブスクリプションサービスがあったら、この手の問題はすぐに解決しそうだ。どなたか立派な人に検討いただきたい。

僕は、すべてのイノベーションが人間をよい方向に導くとは思っていない。得られるメリットと比べて、人間の人間らしさに与える影響が大きいイノベーションには、とりあえず一度は懐疑的な態度をとるタイプだ。しかし僕ほど愚鈍な人間になると、ある部分は機械に丸投げしたくなってくる。「乾電池がやたら家にある現象」のストレスを緩和するために、機械の力を借りたくなってくる。すぐにでもイノベーションを起こしてもらい、新しいテクノロジーにお任せしたい。まだ片付かぬ仕事部屋を見ながら、しみじみとそう思うのであった。

 

Back Number

宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid

モヤモヤの日々

第66回 やる気

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

やる気というものは厄介で、あったりなかったりする。すごくやる気があるときもあれば、すごくやる気がないときもある。常にほどほどのやる気を維持し続けるのは、意外と難しい。

これは僕が人より特別に気分屋だからではなく(自分では気分屋ではないと思っている)、程度の差こそあれ誰にでもそういう要素はあるのではないか。やる気は、あったりなかったりする。どんな偉い人でも、やる気がないときはない。仮に、やる気がないときにやる気がある人がいたとするならば、そのスキルは人類の貴重な財産になるので、すぐさま本を書き、多言語、多地域で発売するべきだ。世界的なベストセラーになるに違いない。少なくとも僕は即購入する。

しかし、実際にはそんな人はいないので上手くはいかない。だから、たとえやる気がなくてもやるべきことはやれるように、仕組みやルールをつくることを、最近思いついた。たとえば、朝9時までにはパソコンの前に座り、正午から1時間ほど休憩して、夕方、夜まで働く。毎週木曜日の午後4時から1時間は、必ず仕事部屋を片付ける。そうやってやる気がないときでもある程度はやれるように、仕組みやルールをつくり習慣化していけば、仕事が進むのではないか。

つい先程も、そんなことを考えながら、僕ってなんて冴えているのだろうと自分に感心していた。やる気について見切ったつもりでいた。とくに仕事においての「やる気問題」についてずっと悩み続けていたが、これで解決するに違いない。しかし、よくよく考えてみると、僕が思いついたやる気にかんする対処法のすべては、会社員時代には当然のように行われていたものばかりだった。フリーランスになって8年以上経っていた。僕は本当に愚鈍な人間である。

 

Back Number

宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid