モヤモヤの日々

第59回 マスクは大事

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

つい先ほど、寝不足の目を覚まそうと、コンビニにエナジードリンクを買いに行った。マンションからコンビニまでは誇張なしに徒歩10〜20歩程度で、すぐに行くことができるのだ。

マンションのエレベーターを降りて、エントランスを抜けた。その際、すれ違った年配の女性に「こんにちは」と会釈した。女性は怪訝な目で僕を見た。管理人室から顔を覗かせているいい管理人さんも僕を凝視している。まあ、昼間からふらふらしているフリーランスの僕(39歳、バツイチ、アルコール依存症で断酒中)は、怪しい人物だと思われるのは慣れているので、気にしないでコンビニまで行くことにした。しかしそこでも、自動ドアが空いて僕が店内に足を一歩踏み入れた瞬間、客やいつも見慣れた店員が一斉に僕に視線を向けたのだった。

さすがに違和感を覚えた僕は考えた。もしかしたら社会の窓が開いているのかもしれない。亡くなった父は「自分が人に注目されていると思った時は、十中八九、社会の窓が開いている時だ」と大切な言葉を遺してくれた。しかし、社会の窓は開いていない、というか部屋着のスウェットなので、もともと社会の窓がないのだ。なのに、なぜこんなにも僕は注目されているのだろうか。などと不思議に思っていたところ、僕はあることに気づいてしまった。

そうか。マスクをしていない。僕はマスク着用を忘れてしまっていたのである。マンションから徒歩10〜20歩ほどという距離が、僕の心に隙をあたえたのだろう。コンビニの近くに住んでいる人はわかるのと思うのだけど、コンビニが近いとその店舗をほとんど自分の家と同じ感覚で使うようになる。この前も牛乳を買おうと思ったものの、冷蔵庫がいっぱいになっていることを思い出し、また今度でいいやと買うのをやめた。つまり、コンビニを自分の家の冷蔵庫扱いしているのである。必要なときに、ふらっと買いに行けばいいや、と。

そんな気軽な感覚から、いつもなら感染予防対策には余念がない僕も、ついついマスクを忘れてしまったのだ。店の前には、「マスクのご着用にご協力ください」と張り紙されている。僕はすぐ引き返して部屋に戻り、マスクを着けてから再びコンビニに行ってエナジードリンクを買った。

緊急事態宣言も明後日21日には解除されるという。いつの間にか気の緩みが出てしまっていたことを反省し、引き続き感染予防対策に努めたいと思う。そしてもうひとつ言うと、僕は花粉症なのである。例年、春より秋のほうがひどいが、今年はなぜかすでにアレルギー反応が強く出ている。薬を処方されていたものの、眠たくなるのが嫌で今日は飲んでいなかった。なので、マスクをせずにマンションを出た数分で完全に鼻がやられてしまい、目もおでこも痒い。おさまった頃には、この原稿の締め切り(今日の13時)を3時間も超えていた。あと、1時間で公開だ。新型コロナにも花粉症にも連載にも、マスクはとても大事なのである。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid

モヤモヤの日々

第58回 3つ目のブルガリアヨーグルト

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

レジ袋が有料化されてずいぶん経った。2020年7月1日に有料化が始まった当初は、ただでさえ新型コロナウイルス拡大による行動変容が求められる時期だったので、買う側も売る側も混乱していた。僕も新型コロナの報道に釘付けになり、有料化を意識していなかった。

有料化が始まった当日、家に閉じこもっていても気が滅入るので、家の模様替えをしようと量販店で買い物をしていた。買い物かごふたつに詰め込んだ商品を会計しようとすると、店員から「袋は何枚にしますか?」と聞かれた。そうか。今日から有料化なのか。う〜ん。しかし、何枚かと聞かれても見当がつかないため、「いくつくらい必要ですか?」と逆に質問してみた。すると、「当店ではお客様に決めていただくことになっています」と店員。

後ろを振り返ると、何人かの列ができていた。大きい袋を4つ、いやそれでは足りないかもしれない。余ってもいいから、とりあえず6袋くらいもらって置いたほうがよさそうだ。

はたして6袋で会計し、袋に商品を入れてみると4つでおさまった。あとの2つは自宅に保管しておくことにした。レジ袋ふたつくらいなら大した出費ではない。しかし、そもそも資源制約、海洋プラスチックごみ問題、地球温暖化などに対応するためレジ袋を有料化し、過剰な使用を抑制することが目的だったはずだ。なのに、むしろ多めにもらってきてしまった。

これは店員が悪いわけではない。最初の時期は、店舗でも運用の方針がうまく機能していなかっただけだろう。最近では各店とも柔軟に対応してくれることが増えた。とくに枚数を伝えなくても商品が入るだけのレジ袋を用意してくれる店員や、一度、レジ袋に商品をつめてみて、足りなかったら改めてレジ袋を用意し、枚数がわかった段階で会計する店員もいる。

この前、最寄りのコンビニで少しまとまった買い物をした。いつもの店員さんは、一生懸命、ひとつのレジ袋におさめようとしてくれている。しかし、傍から見て限界である。ブルガリアヨーグルトを3つも買いだめした僕が悪いのである。だが、ブルガリアヨーグルトは妻の大好物であり、見つけ次第、買いだめして冷蔵庫から切らさないようにするのが、我が家の暗黙のルールなのだ。押し込まれた容器が、インスタントコーヒーの瓶に変形させられている。無理な体勢によじれてしまったブルガリアヨーグルトの悲鳴が聞こえてくるようだ。

これは、世代が違うとまったくわからないと思うけど、昔、ビールや清涼飲料水の缶が、音楽に合わせて踊るおもちゃがあった(ミュージカンと呼ぶらしい)。変形した容器は、その踊ったときの形をしていた。苦しそうに踊っていた。そこで、どうしても入りきらない3つ目のブルガリアヨーグルトを僕が引き取り、「カバンに入れるので大丈夫です」と伝えた。

なるほど。世の中はよくできている。そういうことだったのか。僕は今までは意識が低すぎた。39歳にもなって恥ずかしい限りだが、その瞬間、生まれて初めてエコバッグを買おうと思ったのであった。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid