モヤモヤの日々

第49回 犬を洗う日

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

犬を洗おうと思った。犬の臭さや汚れてくるにつれてしっとりしてくる毛の感じも好きなのだが、そんなのは僕のエゴであり、愛犬ニコルの健康のためにも「犬洗日」をつくらなければいけない。つい先日、朝起きたら「今日だ」と直感し、夜になってから洗おうと思った。

しかし、いざ洗おうと準備をしていたところ、シャンプーを切らしている事実に気がついた。「まったくない」わけではないんだけど、もしかしたら足りないかもしれない微妙な量だった。最近、遊びまわっていたためいつもに増して汚れているニコルを見て、その日は諦めた。

次の日、新しいシャンプーを手に入れた。夜まで待っているとまたなにかの不都合が生じるかもしれないと恐れた僕は、16時前に洗うことにした。今度は万全だった。ブラッシングをしてニコルを風呂場に連れていき、シャワーできれいに洗った。シャンプーも、やっぱり昨日の量だと足りないことがわかった。僕にしては珍しく、鋭敏な判断をしたものである。

しかし、いつもここから先が問題なのだ。シャワーで洗い流し、タオルドライするところまでは大人しいのだけど、ニコルはドライヤーを極端に嫌がる。大っ嫌いなのである。とはいえ、寒い季節なのだからなおさら早く乾かしてあげたいという気持ちがあった僕は、「いい子だね〜、いい子だね〜」「気持ちいいね〜。綺麗になって、さらに可愛くなっちゃうね〜」などとニコルをなだめすかしながら、迅速な動作を心がけてニコルを乾かしたのであった。

しかし、大急ぎで乾かしたせいで、ニコルはモジャモジャだった。ヤバい。ブラッシングして整えてあげなければいけない。と思いつつ、ニコルの興奮がおさまるのを待っているうちに仕事の時間になってしまい、夜にやることにした。偶然にも次の日は、ニコルが「姫(ひめ)」と呼ばれて可愛がられているドッグホテルのデイサービスを入れていた。僕はこの日常を、姫と呼ばれるニコルの日常を守るために、頑張っているといっても過言ではない。だが、仕事が終わった僕は疲れ切ってしまっていた。少しブラッシングしてみたのだが、ぱぱっと一度やったくらいでおさまりそうな中途半端なモジャじゃない。アットホームなドッグホテルなので、予約日は朝の散歩がてらニコルを迎えに来てくれる。いつもだいたい9時過ぎである。

そんなあまえから「続きは朝起きてからやればいいや」と思って眠ることにしたのだが、僕とニコルが起きたのはインターフォンが鳴ったときだった(正確には二度寝してしまっていた)。もう9時過ぎである。急いで準備してなんとか送り出したのだが、さすがにブラッシングしている時間は確保できなかった。姫は戻って来たときも変わらずにモジャだった。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid

モヤモヤの日々

第48回 大酒飲みの親戚のおじさん

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

真面目なことばかり書いていたら、くだらない話を書きたくなってきた。でも、僕は最近、真面目に暮らしているので、それとなくつらつら日々を書き綴っていると、自然の流れで真面目な話になってしまうのだ。なんか不真面目な出来事や考えはなかっただろうか。そう真面目に悩むこと自体が、愚鈍なくせに実は生真面目な僕の弱点のような気がしないでもない。

父方の親戚はすでに全員他界しているのだが、母方の親戚は長命でいまだに賑やかである。ただし賑やかというのは数の話であり、冠婚葬祭の折などに集まってみると、それはもう皆さんとても大人しい。母が長女の三姉妹は、母は比較的お喋りだけど、ふたりの妹(僕の叔母)は上品を絵に書いたような人たちだ。だから結婚式の親族スピーチなどでは、とにかく真面目で、しかも真心のこもったメッセージを木訥と読みあげる。そんななか、存命の人物中、親族の間では「不真面目枠」になっている存在がふたりいる。僕と叔父である。

その叔父さん、三姉妹の真ん中の妹(母のひとつ下の妹で僕の叔母)の夫はSさんといって、司法試験を目指していた時期もあったが、今は会社員をしている。このSさんは大の酒好きなのだ。東北の実家から日本酒が届くたびにうれしそうな顔をして、僕を晩酌に誘ってくれた。Sさん夫婦は、僕の祖父母の介護の関係もあり、僕の両親が住む実家のマンションの上の階に住んでいるのだった。

もちろん、今は亡き父も交えて飲むのだが、事実上、親戚の中で大酒豪のSさんとまともに飲めるのは僕だけだった。母、叔母、同じく近くに住んでいる僕の姉夫婦は下戸なのである。だから、僕が実家を離れたあとも、僕が実家に帰ってきたという情報をどこかで仕入れては、うれしそうに酒瓶を持って下の階まで来てくれたのであった。Sさんとの晩酌は、このうえなく非生産的で最高だった。晩酌といっても、ふたりとも食が細いためヘルシーだった。酒を飲み過ぎること以外は。

しかし、そんな僕も酒の飲み過ぎがたたって体を壊し、4年9か月前から断酒している。Sさんはその報を聞いて、とても落胆していたそうである。それ以来、冠婚葬祭の席でも親族で酒を飲むのが自分だけになってしまったため、なんとも元気がない。会場で浮いてしまうのが嫌で、あまり飲まないようにしているらしい。真面目で厳かなスピーチしかない中、酔っ払って調子に乗ったひょうきん者のSさんだけが笑いをとっていたのに、それもなくなった。

ということで、最近では二番目に不真面目な僕が、「不真面目枠」を代表して笑いを取るのが恒例になっている。まったく、本当に難儀な人生である。僕は元来、生真面目なほうなのだ。母方の親戚に真面目な人が多すぎて、相対的に「不真面目枠」に入っているだけなのである。しかも、僕はもうお酒が飲めないんですよ。素面のまま不真面目をやらなければいけないんです。

そういう謎の責務を背負ってしまうのは、やっぱり僕が真面目だからだと思う。でも、僕は愚かな人間だから認知がおかしいだけで、やっぱり不真面目なのかもしれない。それはわからない。わからないのだが、とりあえずSさんに言いたいのは、気を遣わずどうぞお好きなだけお酒を飲んでください、ということだ。そもそも大酒飲みなのに、「周りは誰も飲んでないし」なんてことを気にするのも意外である。「不真面目枠」は、ふたりで支えてこその不真面目枠だと、僕は思っている。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid