モヤモヤの日々

第47回 東京都出身ふたたび

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

以前この連載で、自分が「東京都出身」と名乗ることへの違和感を表明した。その回を読み返していたら、なぜだかもう少し書きたくなってきた。繰り返すが、山手線や23区を基準にして、新宿、渋谷あたりを「西側」と呼ぶ風潮があるのは、僕からすると片腹痛い。東京は東西に長く、地理的な中心地は国分寺市辺りである。その国分寺と立川の中間にあるから「国立」なのだと知っての所業か。そう言えばこんなモヤモヤもあった。友人にいわゆる三代以上前からの東京人(江戸っ子?)がいるのだが、彼は昔からやたらタクシーを使いたがる。

え? 電車で行けばいいのになぜ? みたいな移動にもタクシーを使おうとする。いや、別にそれはそれでいいのだが(節約はしたい)、単純に不思議だったのだ。なんで、こんなにタクシーを使いたがるのだろうかと。若い頃なんかは、さっと車道に手を挙げてタクシーを拾う彼の慣れた動作がやけに粋に見えて、これだから都会の人は……と悔しく思ったものである。

しかし、僕も東京の西の奥を出て、都会住まいする生活が長くなった。そうなってくると、彼の考えがなんとなく理解できるようになってしまった。都心を鉄道で理解しているとわからないが、地形で理解している都会の人は、「この街とこの街は電車で行くと不便だけど、タクシーで移動すればすぐだしラク」ということを知っているのだ。地図が頭に入っているのだ。

乗車人数や距離、乗換の手間などを考えると、タクシー移動のほうが費用対効果がいい場合がある。少しだけ都心に詳しくなり、そんなことが理解できるようになってしまった自分が悔しい。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid

モヤモヤの日々

第46回 巣篭もり旅行

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

先日、家族で旅行した。妻、赤子、犬、僕の三人と一匹。旅行といっても大それたものではなく、同じ東京23区内で犬が宿泊可能なホテルに二泊三日しただけ。それでもかれこれ一年間、ほとんど巣篭もり状態で過ごしていたのだから、とてもいいリフレッシュになった。

フリーランスで在宅勤務歴が長い僕にとっても、ずっと同じ家に巣篭もりし続けるのはストレスだった。妻や赤子、犬も同じか、それ以上のストレスを抱えていることだろう。今回は珍しく出不精の僕が、休暇をとってリフレッシュすることを発案した。本当なら山奥の温泉旅館にでも行って、自然の中で心と体を癒したいものである。しかし、緊急事態宣言下ではそうはいかない。そして、できれば愛犬ニコルも連れて行ってあげたい。そんなこんなで、家から近い東京都心部でホテルを予約し、「巣篭もり旅行」することを思いついたのである。

インターネットで見つけたのは、普段は選ばないであろうグレード高めのホテルだった。でも、思っていたよりもずっと安い。もしかしたらコロナ禍で宿泊需要が減っているからなのかもしれない。家から近いが区は違い、周辺に犬同伴可の商業施設がある。これはいい。場所を変えてゆっくり巣篭もりすることが今回のコンセプトだが、出掛ける場所があるに越したことはない。近くに公園もある。ここまで調べた段階で妻に旅行を提案すると、すぐにのってきてくれた。「巣篭もり」するためにホテルをとるなんて贅沢な気もするけど、ここ一年間、散財もせずひっそりと暮らしてきたのだ。これくらいの贅沢をしてもバチは当たるまい。

そして、結果的にこの旅行は大成功だった。文筆家の吉田健一は、随筆「或る田舎町の魅力」(ちくま学芸文庫『日本に就いて』収録)で、「何の用事もなしに旅に出るのが本当の旅」と書いている。まさにその通り。「田舎町」ではなく、むしろ住んでいるマンションより都心部への旅行となったが、場所と部屋が変わるだけでこんなにも気分が違うとは。同じ巣篭もりでも、一年間、巣篭もりし続けた家にいるときと比べて桁違いの開放感が満喫できた。

唯一の失敗は、ホテルの部屋での巣篭もりを充実させるため、厳選に厳選を重ねた赤子と犬のオモチャをそのままそっくり家に置き忘れてきてしまったことだ。夢中になり過ぎて出発を遅らせてまで厳選したオモチャを、家に忘れてきてしまった。なんなら家に取りに帰ることもできる距離だったが、それをしてはさすがに旅行ではないような気がした。なので、近くの商業施設でオモチャを買うことにし、そこで家族と一緒に選ぶのもまた楽しかった。

「用事もなしに」が旅の魅力だとしても、やっぱり出掛ける場所があるに越したことはない。「或る田舎町」ではなく、都心の街を旅先に選んだからこそ、こういった臨機応変な対応ができたのである。旅の達人である吉田健一からすると野暮に映るかもしれないが、いつも詰めがあまい僕にとっては、都心での「巣篭もり旅行」のほうが向いているのかもしれない。

犬も普段とは違う部屋で遊び、普段とは違う場所を散歩できて楽しそうだった。旅行を終えて家に帰ってきたとき、「やっぱり家が一番だね」って顔をしたような気がしたが、さすがに話ができ過ぎているし、きっと僕の思い込みだろうから、今日はここらへんで筆を置きたい。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid